せつなすぎ(長い)

ジャズバー行った


最終日だから、ひょっとしたら有名なミュージシャン呼んでライブやってるかも…なんて考えていたけど、とんでもなかった


入ると机とレコードは全部撤去されていて
昨日の夜はマスターここで寝たのか、布団が椅子の上に乗っかってた
壁際に空き段ボールの山


ピアノやドラムがあったステージには譜面台と、白いコーヒーポットが置いてあるだけ
スピーカーもアンプもない


客なんて当然一人もいない
きったないシャツ着たマスターが煙草吸ってるだけだ



もう何もないんですよ、とマスターは笑う
カウンターの上には豆板醤の瓶とかコンソメの缶とか


完璧に閉店していた
31日までやるって言ってたじゃないかー…



ホシザキが来てカウンターの下から冷蔵庫を運び出していった
それに二万円を払うマスター
ビアサーバーの掃除とか、おしぼりの交換とか、冷蔵庫の修理とかしに来るホシザキはしょっちゅう見てきたが
こんな仕事するのは見たことない


青い服のホシザキさんも沈痛な面持ちで二万円を受け取っていった



マスターこの後って決まってるんですか



決まってない。でもボク今66だから、普通ならもう定年でしょ、働かなくてもいいかなって
あと生活保護受けようと思う。受けられるか分かんないけど




客は自分がいる間、一人だけ来た
眼鏡の40くらいの兄貴で
なんにもないじゃん、と言ってマスターが割った氷に、なっちゃんを自分で注いで飲んだ


そのとき自分はただでいいと言われて出されたビールをらっぱ飲みしてた



BGMは先週やったらしい、この店でのラストライブの録音



しばらくして兄貴とマスターは店の奥で、何やら大事な話
兄貴が、それは道徳的にまずいよ、下手すると懲役だよ
て言ってるのが聞こえた


たぶん生活保護がらみの話だなと
店の本を読みながら盗み聞きする



兄貴があきらめた風に帰ると、マスターが
あのコはつい最近まで、アル中みたいになって生活保護受けてたの。お酒やめられたのは偉いね
て言った


そしてマスターも飲みはじめて
このへんももう外人の街になってしまったとか
民主は福利厚生ばかりで産業育成に力を入れないから、一年後には必ず今より不況になる、とか
洋式便所が和式と違ってドアの方を向いて座るのは、人間同士に信頼がないからだ、外人の資質というのはそういうもんだとか
いつもながらの長話


しかしマスター、そうかもしれんけど、自分は?明日から大丈夫なの?と
よく自分が人から言われることを思いながら相槌を打った



酒がすすんで、こないだみたいに出てけ!て言われないうちに店を出た



外からドア越しにしばらくのぞいた


マスターは床に倒れているマヨネーズを立てたり、ただうろうろしたりしていた



さよならマスター