アル中を助ける長い話

たしか今年の春先だったと思ったが
僕は社員寮に住んでいた



寮は勤め先のホテルの敷地内にあって
三分とかからずに移動できた



あの日僕は普通出勤で八時から出ればよかったんだが
六時頃部屋の備え付けの電話が鳴った
電話は寮のどの部屋にも付いていて
ホテルの内線で繋がっていた
厨房にも電話が四台くらいあって
電話はその日の朝早出だった班の先輩からだった



僕のいっこ後輩で
その先輩と同じ班の山田の部屋を知っていたら
起こしてきてくれという



よく厨房で寝坊したやつはそんなふうに電話で起こしてもらって
あとで鼻血が出るまでビンタを喰らう



しぶしぶ山田の部屋に行くと
仲居さんで山田の彼女のコが
大丈夫?といいながら
寝ている山田を看病していた
山田は苦しい、苦しい、と唸っている




起きられそうにないから
シブシブ朝の準備をしに代わりに出てやる




落ち着いてから山田のとこに行ってどうしたのと彼女に聞くと
昨日飲み過ぎたみたいで、朝になって息ができないって言うんです、と言う
様子を見ると確かに、苦しくて僕がそばにいるのに気付いてないほどだった
目を強く閉じて泣きべそをかいてるような声を出していた



厨房にもどって山田はこんな感じだというと
じゃあ病院に連れていけと先輩に言われる
先輩は自分が朝からバタバタさせられて
とにかくご立腹だった




仕方なく愛車の白いムーブをまわして
山田と彼女を乗せる
山田は完全に弱っていて
階段の一段も下りられなかったから
同じ寮にいる同期を起こして手伝ってもらった


車に乗せた途端オエッて後部座席に軽く吐いて
口ん中の唾をペッてしたんでイライラッとするが
あんまり苦しそうだったんで我慢した



近所の内科にいったらパジャマ姿の医者に
自分は見れないけど大きい病院に電話しといたから逝ってくれと言われ
そいつはアル中だと言った




僕はどんなに飲んでも寝ちゃうだけで
記憶がとんだりしたことは一度もない


だからアル中はどんなものかいまいちわからなくて
山田も水飲んどきゃ治るだろくらいに思っていた




でも大きい病院に向かう間
後ろでヒーヒーいってる山田を見てると
ほんとに大学生みたく死んじゃうんじゃないかと思った




泣きべそをかいてるみたいにヒーヒーいっていたのが
突然静かになったりして
ハッと後ろをみると確かに息が止まっていて
後ろで半泣きの彼女に起こせ!起こせ!といったり


やまだぁー!!!と叫んだりした


そうするとまたヒー、ヒー言い出す
五呼吸に一回くらい死にそうになるので
運転どころじゃなく
朝の渋滞に非常にいらついた



一応病院の方には向かっていたが
僕も彼女も正確な場所を知らなくて
たどり着く直前で病院とは逆方向の、しかも一方通行の道に入ってしまった


呼吸停止の間隔が二呼吸に一回くらいになって
もう山田は今にも死にそうだったから
ついに逆走した


地下鉄サリン事件の本を読んだとき
被害者を乗用車で病院に連れていくのに
赤いハンカチを窓から振って救急であることをアピールした、というのを思いだし
助手席にあったゲーセンで取った巨大なエルモの顔を
エルモ振れ!といって彼女に振らせた
彼女も必死だったからハイ!と
窓あけて一生懸命エルモを振った
対向車はみんなびっくりしてた





そんな思い出
山田は尻にぶっとい注射をされたらしい
元気になってから


僕は生まれ変わりました


とかなんとか言って
お礼にジュース一本もらった



やれやれやれだ





今朝暗いうちに外歩いてたら
忘年会の飲んだくれが道端で正座し合っていたり叫んだりしているのを見て思い出した